時が流れるのは、本当に早かった。
戦って、戦って。
そしてやってきた、和議の日。
ようやく掴んだ、平和への道。
けれど、それは彼との別れを意味していた。
時空(とき)の音色 −後編−
「…仁和寺にいるそうよ」
一人月を見上げる望美に、朔がそっと言の葉を紡ぐ。
「敦盛殿がそう言っていたわ。…あなたは行かないの?」
「私は…」
思わず、言葉に詰まってしまう。
逢いたい。
彼を想う気持ちも、変わらない。
けれど、どんな顔をして逢いに行けばいいのかわからない。
怨霊の身である経正を、自分は封印しなければならない。
彼も、それを望んでいる。
けれど 。
「…決めるのはあなたよ。でも…あなたに後悔だけはして欲しくない」
「朔…」
「…おやすみなさい、望美」
いつものようにふわりと微笑みを浮かべ、朔は踝を返した。
その瞳はどこか哀しげで。
胸が、締め付けられるように苦しくなる。
同じ空の下に、彼はいる。
同じ月を…見ているのだろう。
拳を握り締め、望美は走り出した。
今…彼の元に行かずに、自分はどうするのか。
彼に逢わないまま元の世界に戻ったら、きっと後悔する。
彼のことが気になって仕方が無くて、
彼の元へ戻りたいと…そう思ってしまうのだろう。
きっと、今逢わなかったら後悔する。
そう思ったら、自然と身体が動いていた。
仁和寺。
そこに、彼はいた。
弟と共に、自分の元へと向かってくる望美の姿を静かに見つめている。
「…では、兄上」
辛そうに…だがそれを隠すように笑みを見せ、
敦盛は望美の横を静かに行く。
その瞳には、少し涙が浮かんでいた。
「敦盛に、気を使わせてしまった…」
「あの…」
「…貴女が…来てくれて良かった」
ふわりと、経正が微笑む。
それは、いつもと変わらない…優しげな微笑み。
胸が、痛い。
「私は…貴女を愛しています」
不意に紡がれた言の葉に、望美の瞳から涙が零れ落ちる。
幸せなのに、とても切なくて…苦しい。
「貴女と出逢えて…私は幸せでした」
共に過ごした、かけがえのない時間。
それは望美にとって宝物のようなもので。
彼の優しさに、何度も何度も救われた。勇気付けられた。
「…私も…幸せでした…」
声が、震える。
彼が好きすぎて。愛おしすぎて。
「あなたの隣で、あなたの奏でる琵琶を聴いて…」
涙が、止まらない。
彼との想い出が、幸福すぎて。
「あなたと、ずっと一緒にいられたらって…そう…思って…っ」
ふわりと、優しい温もりに包まれた。
彼の腕の中が、あまりにも暖かくて。
「…愛しています…私も…」
優しいその顔を見上げる。
きっと自分は酷い顔をしているだろう。
けれど、少しでも彼を見つめていたかった。
彼の笑顔を、仕草を、その全てを、瞳に焼き付けておきたかった。
唇が、そっと重ねられる。
それはとても優しくて…暖かくて。
このまま時間(とき)が止まってしまえばいい そう思った。
「…望美殿…」
互いの吐息を感じるほどに、近い距離。
経正の手のひらが、諭すようにそっと望美の頬に触れた。
その温もりを感じ取るように、望美もその手に触れる。
わかっている。
経正が…何を言いたいのか。
「…私、あなたを…封印します」
「はい」
迷いの無い瞳。
経正はふわりと微笑みを見せた。
「めぐれ、天の声…」
いつでも笑顔で、とても優しい人。
「響け、地の声…」
そんな経正が、誰よりも…何よりも大切で 愛していた。
「かの者を…封ぜよ…」
切なくて…苦しくて消え入ってしまいそうになる言葉を、
必死に紡ぐ。
眩い光に包まれる経正から、望美は決して目を離さなかった。
彼の笑顔を、仕草を、その全てを、瞳に焼き付けておくために。
光が、弾ける。
眩いの中で望美が見たものは、幸福に満ちた経正の笑顔だった。
それは今までに交わした逢瀬でも見たことの無いほどの笑顔で 。
そんな彼の姿があまりにも切なくて…哀しくて、
望美の瞳からは止め処なく涙が溢れ続けた。
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『神子…私の神子。 あなたは、私に何を願うの?』
私…私は 。
『私は、あなたの龍。 あなたの願いは、私の願い。
神子……言って?』
私…私の願いは !
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「ん…」
ゆっくりと、望美は瞳を開く。
眩い朝日が、辺りを白く染めている。
「…起きましたか?」
耳に残る、優しい声。
『私…私の願いは !』
時空の狭間で、願いをかけた。
『私は…彼と一緒にずっといたい。彼の隣で過ごしたい…!』
『それが…あなたの望み わかった』
幸せなまどろみの中で、望美は微笑み、その胸に顔を埋めた。
時空の狭間で、音色を聴いた。
優しい、彼の音色を。
手に入れた、幸福な時間。
温もりを、吐息を 想いを全身で感じとる。
おはよう、経正さん。
祝、花輪さん遙か祭にご出演!ということで勢い余って書いた経正創作です。
後編は微妙に長くなりました(笑)
お題にて描いた経正創作とちと被る所がありますが、故意的にやってたりします(笑)
お題ではどちらかというと経正視点だったので、
ちと状況やら何やらを変えつつ、望美視点にしてみました。
経正さんは怨霊なわけですが、報われて欲しいです。
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